project史縫というシリーズについてまとめたwikiです。


 夜も更けた薄暗い森の中。冷たい風の吹くその中を、息を切らしながら駆け抜ける2人の人間。1人は少女、もう1人は少年で、どちらともボロボロで汚れた服を着ている。まるで何かから逃れるように、必死に足を動かしている。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
 息を切らしながら、姉の後をついて行く。体力はもう限界で、いまにも倒れそうだ。
「うわッ……!」
 大きな木の根でつまづいた。身体は大きく前へ倒れ、衝撃が直に伝わる。
「雅岐! ほら、早く!」
 そう言って、姉は片方しかない手を差し伸べてくれる。だけれど、僕はその手を見る事しかできない。もう動けない。体力は限界に近いし、両腕は逃げる前からもうとっくに無くなっている。
 この身体で、どう起き上がればいいのか。
 この身体で、どう逃げればいいのか。
 最初に姉から逃げ出そうと提案されたとき、馬鹿なんじゃないかと思った。確かに両親からの暴力や暴言は嫌いだ。いつまでたっても耐性なんかつかない。しかしそれだからといって逃げ出そうと思うか、と言われれば不可能だ。と思うほかない。僕は2本とも腕がないし、姉は左しか腕がない。おまけにからだ中はアザだらけで足枷もついていれば、誰だって逃げるが不可能なことだと思うしかないだろう。
 だけれど、そんな姉はいつもと目が違った。僕に提案した時の、「絶対にうまくいく」というような確信がある目。今までで一度も見たことのないその輝き。そんな目をされたら、僕だって希望が生まれてくる。

 だけど、もう終わったんだ。
「……身体が、うごかない」
 手足の感覚が薄れてきて、頭もうまく回らない。音は何もかも聞こえないし、視界もだんだんとぼやけてくる。もう、ここで死んでもいいかもしれない。やり残したことも、公開もない。今までの生活に比べれば、地獄の方が断然良いだろう。
 姉が何か言っているが、僕にはもう関係のないことだ。最初から、不可能だったんだ。

 僕はそっと、重く腫れた目を閉じた。



◆◇◆ ◆◇◆



『つらいでしょう?』
『なら、私が幸せな場所に連れて行ってあげる』

 頭上から、誰かの声が聞こえた。花のような香りに乗った綺麗な声。なんでだろうか。もう何も聞こえなくなったはずなのに。動けないはずなのに。
 急に、身体がふわりと宙に浮いた感覚がする。そのまま、頭をあげる。

「……ここは?」

 ぼやけた視界の先には、見知らぬ鳥居が見えた。



………………

…………

……



 黒い雲で覆われた空から、弱くもなく強くもない雨が降る。苔むした石畳と強く吹き付ける風は体温を奪ってゆく。私は鳥居を見上げたまま、放心していた。

 なんで?

 最後に見た森の景色とは違う、明らかに見たことのない場所。一瞬幻覚かと思ったが、それにしてはあまりにもリアルすぎる。
ふと横を見てみると、犬のような耳の生えた人が荒い息を吐き出しながらうずくまっていた。服はボロボロで、壊れたオルゴールのようなものを持っている。声をかけようと思ったが、そんな気力はもう微塵もない。

「お、いたいた」
 奥から、明るい声が聞こえた。
「おーい、君たちー! 初めまして!」
 だれかがこちら側へと走ってきた。
 気になって、身体を起こす。
「私は水結。これからよろしくね!」
 そこには、水色の巫女装束のようなものを着ている人の姿があった。その奥には寂れた神社らしき建物。この神社の人なのだろうか。
「あはは……流石に初対面だと緊張するよね。まあ、そんなことは置いといて、こっちに来てもらえるかな?」
 そう言って、私ともう一人の手を掴み引っ張った。
「さ、早くはやく!」
 その時、自然と身体が起き上がり、今まで動かせなかった足で一歩を踏み出した。もう体力も無いはずなのに、なぜか身体が動いた。



「えっと、君はこっちの部屋で、君はそっち。じゃ、ミゾレ。そっちは頼んだよ」
「ああ」
 私は片方しかない手を引かれて木造の家に連れられた。家の中は広く、なぜか懐かしく感じた。初めて見る景色なのに、懐かしく、ぬくもりのある空気。その感覚を十分に感じたのち。
「さ、水夜岐。中へ入ろうか」
 ミゾレ?という人は私の手を引っ張った。
「今から綺麗な服に着替えてもらおうかな」




 息をのんだ。
 鏡に映った姿が、自分の姿ではない。別人だった。というか、もう別人だ。結婚式の時にしか着ないような服に包まれた身体と、化粧が施されている顔。髪は丁寧に整えられている。手にはぴかりと輝く指輪がつけられてあった。
「どう? 結構いいかんじに仕上がったんじゃない?」
 あまりの変貌に、私は何も言えなかった。
 生まれてこの方、こんなにきれいな服に身を包んだことはなかった。あるとすれば、家にお客さんが来た時ぐらいだ。それ以外は、ボロボロで汚れた服しか着せてもらえなかった。

 あれ、なんで私に片腕があるの?
 それに、一人称って私だっけ。

「それじゃ、行こっか」
 一瞬生まれた疑問を薙ぎ払うように手を引かれた。

そのまま私は廊下を渡る。連れていかれた先は、綺麗に整えられた広間だった。
 真ん中には美しく着飾った人——先ほどの犬耳の子だろうか。私と同じようにきれいな服で身を包んでいて、髪も綺麗に整えられている。それに、凛としたその姿は狼そのものだった。
私はその左隣に座らせられた。

 静寂な空間に、雨の音が響く。
 それを断ち切るかのように、祝詞のようなものが読み上げられた。



掛けまくるも畏き
星影乃抄の大神
天津の天壌の星乃原に
禊ぎ祓へ給ひし時に
生り坐せる
祓戸の大神等

諸々の禍事・罪・穢
有らむをば
祓え給ひ
清め給へと白す事を
聞こし食せと
恐み恐みも白す……



 そして、先ほどの水結さんとミゾレさんが立ち上がり、私たちの正面に立った。

「此れを以て、水夜岐を木野森神社第二十六代神主とし、」
「狼月を木野森神社第二十六代巫女とする。」

 2人の声が、雨の音とともに響き渡った。



◆◇◆ ◆◇◆



「そんなこともあったな。懐かしい」
 そう言って、狼月はそうめんをすする。
 梅雨も近づくこの季節に、縁側から空を眺める。今日は木野森神社の建立記念日。朝からたくさんの人が神社に押し寄せいる。そんなお祭りも、この花火が終わればお開き。あっという間の1日だった。
「なつかしいよね。狼ちゃんなんか最初はずっと無口だったんだから」
「水夜岐もだろ。あの後の花火大会でやっとお前の声を聴いたんだぞ」
「……そっか。あのあと雨が止んで花火が見れたんだっけ」
 狼ちゃんと初めて会ったあの日。
 私が神主となったあの日。
 今でも鮮明に覚えている。
 あの日の花火は、今まで見た花火の中で一番美しかった。
「お、もうすぐ上がるぞ」
 そう言って、狼ちゃんは空を見上げる。今この部屋には私と狼ちゃんしか居ない。
 暗く静かな部屋の中で、花火の光と音が広がる。







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